No.186
2007.3.19

 

「自由と繁栄の弧」(2)――ベトナム、カンボジアの民事法制は日本人が作った!

 社会主義から民主主義へ、統制経済から市場経済へ、その道を歩みつつある国々を、日本が支援していこうという外交政策「自由と繁栄の弧」の東端にあたるベトナム、カンボジアで日本の裁判官や検事、弁護士、法学者たちが、民法や民事訴訟法、破産法などの制定を助けてきた。法務省が国際協力機構(JICA)を通じて、ベトナムでは1996年から、カンボジアでは1999年から法整備支援を始め、数年前から今年にかけて法律が出来上がり、その後も、司法省の幹部を日本に招いての研修を続けている。

 ベトナムには、裁判官、検事、弁護士各1人が常駐したほか、法学者も短期派遣した。ベトナムの起草グループが作った民事訴訟法、改正民法、改正破産法のたたき台に対し、日本側が助言を行い、完成させた。民事訴訟法と改正民法が2005年までに成立した後も、国家司法学院(日本の司法研修所に相当)の教官養成や教材作成、法令の整備などを手伝っている。このほか、ベトナムの最高人民裁判所の判事や司法省の局長など幹部を含め司法関係者延べ68人を日本に招き、日本の学者や弁護士が指導している。

 一方、カンボジアの民法と民事訴訟法は日本の裁判官や弁護士、学者など専門家が99年から現地に赴き、現地の事情を勘案しながらイチから作成し、カンボジア側と協議を重ねて作り上げた。また、カンボジアの裁判官・検察官養成校に日本の検事を派遣し、指導している。

 今年1月、同国の司法相が訪日し、麻生外相や長勢甚遠法相に「道路や橋を作るのに比べて時間もかかるし、成果も目に見えにくい。だが、あらゆるインフラの基礎になる」と感謝の言葉を伝えた。カンボジアではポル・ポト政権下、裁判官や検察官、弁護士のほとんどが殺されるか国外に逃げ、空白状態からのスタートだった。ベトナムには司法関係者が残っていたので、民法改正などが共同作業になったのと事情が異なる。

 ラオスでは、民法の教科書や民事判決書マニュアルの作成を支援している。

 また、旧ソ連諸国であるウズベキスタン(中央アジアの国)に対しても、民法と商法に関して名古屋大学が熱心に取り組み、現地に指導に出かけている。司法、検察などの責任者を日本に招いての研修も行っている。名古屋大学のグループは、今年からアゼルバイジャン(旧ソ連、カスピ海に面した産油国)に対する支援に向けた調査も始めている。


 私有財産制に移行したこれらの国では、担保制度や法人の登記などの仕組みを作り、着実に実施していくことが必要な段階なのだ。そして、民法や民事訴訟法が整備され、根付くことは、日本企業が貿易を進めたり、工場を進出したりする際に、必要不可欠な社会基盤である。日本の銀行が融資する際にも担保制度がないと困る。

 もっとも、法律はその国の社会、家族など基本的なシステムと深くかかわるので、先進国の法律をそのまま翻訳して途上国に移せばいいというものではない。

 最近、2人の関係者から直接、話を聴く機会に恵まれた。1人はベトナムで昨年6月までの1年7ヶ月間、この仕事に携わった若い弁護士佐藤直史さん。彼は途上国の法律作りに協力し、根付かせるという仕事の魅力にすっかりはまり、帰国後の今も、JICAの仕事にかかわっている。もう1人は、平成16年12月から17年2月にかけて、安倍官房長官(当時)のもとに設けられた「海外経済協力に関する検討会」の座長を務めた原田明夫元検事総長(現在は弁護士、国際民商事法センター理事長)である。原田さんは、私が法務省の記者クラブに数ヶ月在籍した時(細川政権、三ヶ月章法相)、法務省の官房長だった。それ以来の出会いである。

 佐藤弁護士によると、他の援助国や世界銀行、アジア開発銀行などの法整備支援はこれまで、モデル案を一方的に提示するだけで、途上国の司法関係者と一緒にその国に合ったものを作り上げていこうという姿勢は見せなかった。そのため、ベトナム司法省は、共同作業を行う日本の支援を高く評価し、これを受けることを選択したという。「日本は、明治時代はドイツやフランスなどヨーロッパから、戦後は米国から法律を取り入れた。その経験、プロセスを知りたい、と注目されている。そして、日本は自分の法律を押し付けないから評価されている」と話す。

 日本には、明治時代にフランスから民法を入れた際、個人尊重が強過ぎるとの批判があってそのまま施行できず、当時のイエ制度に合うよう修正するなど、先進国の法制度を自国に合うように調整して導入してきた歴史がある。また、大日本帝国憲法の草案は、主にドイツ流の憲法理論を学んで帰国した伊藤博文を中心に、井上毅らが、ドイツ人顧問の助言を受けながら作った。草案が出来ると枢密院で審議を重ねて成立させた。

 原田元検事総長は「法務省は霞ヶ関1の1の1、皇居に最も近い目立つ場所にあり、明治28年、煉瓦造りの立派な庁舎がつくられた。明治の日本の最大課題だった不平等条約改正に向け、近代日本の象徴としてつくられたのである。この建物には、ボワソナールのフランス語による講義を必死に書き取った青年のノートが保存されている」と語る。赤煉瓦の旧庁舎は法務史料展示室として公開しており、私も数年前に見学した際、そのノートを見て、明治維新から間もない時代に、近代国家の基本である法律を作ることに心血を注いだ青年たちの情熱を感じ取ったものだった。

 「法整備は国家の統治の根本にかかわる。法制度の骨格を作ることと、法が適切に運用されるよう助力することが、法整備支援の2つの柱だ。カンボジアでは10年近くかけてやってきた。内乱でひどくなった状態を見て、それに合わせて法を作り、どうしたら根付かせられるかを考えて進めてきた。そうした中で、カンボジアの若い人たちが力をつけてきている」と語り、海外経済協力における法治国家建設支援の意義を強調した。


 実は法学者や弁護士が国際協力機構(JICA)から派遣されていると知った時はびっくりした。JICAといえば灌漑など農業技術や土木のイメージが強く、法律家と結びつかなかったためだ。


 民主主義、市場経済への移行期にある国に、地方自治、統計の作成、警察などの仕組みを教える事業も、JICAが各省庁などの協力を得て行っている。

 総務省は、平成18年度にカンボジアに地方自治制度を作るため、同国の内務省に対する研修制度を初めて行った。内務省の長官や局長など幹部職員と地方行政官の研修を行う職員を招いて講義をするとともに、19年3月にはカンボジアに大学教授を派遣して一般職員に対する講義を行った。

 国の実態をつかみ、施策を考えるためには、各種統計についての知識や実務、さらに統計データのコンピュータ処理、解析の能力も欠かせない。

 ラオスに対しては平成17年度から経済産業省が専門家を派遣して鉱工業統計を指導、カンボジアには今年度から総務省が専門家を派遣して国勢調査や事業所統計、企業統計などについて指導を始めた。

 また、国連機関であるアジア太平洋統計研修所(千葉・幕張)にJICAが交通費、滞在費負担で途上国の職員を招き、2ヶ月から6ヶ月の研修を行っているが、18年度はモンゴルから4人、アゼルバイジャンから3人を初め、アルメニア、グルジア、ウクライナ、さらに中央アジアの5カ国すべてから、それぞれ1人ずつが参加している。

 このほか、国税庁は税制や徴税システム、財務省は経済政策の立案、海上保安庁は救命活動や海賊対策、警察庁は交番制度や鑑識システム、110番の中央管制センター、汚職捜査、金融庁はマネーロンダリング対策など、各官庁もJICAを通じての支援をしている。


 「自由と繁栄の弧」に当たる国々は、近代国家への道を歩み始めたばかり。日本で言えば、明治時代、秩父事件など自由民権運動の時期を経て、憲法を制定し、各種法典を整備し、警察や地方制度を整えていく過程だろう。明治の日本が、独力で成し遂げた(あるいは高いカネを払ってヨーロッパ諸国から導入した)国家の骨格造りを、軍事分野だけ除いて、日本がODAで支援していくのだ。

 道路や港湾、空港の建設に比べれば、ずっと少ない費用ですむ。しかし、それぞれの国にとって、自由と民主主義と経済的繁栄を得るための必要不可欠な基盤づくりの支援。先進国のなかでも、日本が一番力を発揮する、日本でなければできない援助の形であると私は信じ、もっともっと推進していきたい。